ケマル・カヤンカヤ

さて貧相な我が読書体験において、マイクル・リューインに続き2人目となるハードボイルド系ミステリ作家はヤーコプ・アルユーニである。
トルコ系ドイツ人の探偵、ケマル・カヤンカヤが主人公の『異郷の闇』は1983年当時のフランクフルトを舞台としており、まあ、なんというか読んでて痛い場面多数。いや、揶揄して「イタい」と言ってるんでなく、殴ったりぶちのめしたり、っていう描写に対する素直な感想が「うあっ、痛いよ!」ってことである(私、ボーリョク苦手なもんで)。サムスンに比べるとよりハードでタフな探偵さんですな。
トルコ系といってもドイツ人夫婦の養子としてトルコ的なるものに触れ合うことなく育ったカヤンカヤは、その風俗・習慣は無論、トルコ語もわからない似非トルコ人なわけだが、周囲からは名前と容貌で瞬時にトルコ人と認識され、それ相応の扱いを受ける。移民らを「ガストアルバイター」なんていう名称でお客様と呼びつつ、単なる3K労働従事者くらいにしか考えてない彼の地の現実の一端なんだろう。
で、フツーの生半可な人間ならアイデンティティ・クライシスまっしぐらとなるだろうが、カヤンカヤは恐ろしく冷めている。自分を眺める時もそれは変わることなく淡々としている。そこらへんは彼を足蹴にする連中よりも遥かに北ヨーロッパ的な個人主義をしっかと纏っていると言えるのかも。そうした意味で彼は決してトルコ人でないんだわ。トルコ人という着ぐるみを被せられたドイツ人って感じ。
まあ、一応ハードボイルドと分類されてるんだから当然、辛口ユーモアで切り返せるようでないとね。やたら感傷的でメソメソイジイジした主人公が登場するわけないか。
ミステリとして云々というより、私の興味は彼の私生活にあるので(下世話ですまん)、どうしてもカヤンカヤという人間についての物語を期待しちゃうんだけど、この1作だけではまだわからないんだよなー。日本では2作しか刊行されてないようだが、ドイツではカヤンカヤ・シリーズとして幾つかあるらしいので、その辺りの事情も描かれてたりするのかもしれない。