狄判事〜予定調和の愉楽 

それは設定が唐代であることばかりに由るものではなく、スタイルの問題なんだろう。狄判事シリーズはどことなくアガサ・クリスティっぽい古風な趣を湛えている。あるいは本の帯に「ご存知、ディー判事犯科帳」と謳われているように、犯科帳、捕物帳といったような、例えば池波正太郎作品にも通じる雰囲気があるのかもしれない(池波作品は全く未読なので当てずっぽうで言っている)。第一作の上梓が半世紀ほど前だから殺人も猟奇でグロい!という感じでないのも当然か、トリックの斬新さや皮膚がヒリつくリアル感を求める向きにはお奨めしない作品ではある。
が、それはそれ、定番の物語というか予定調和の流れがもたらす高揚感だってそう悪くないものだ。概ね人物も類型的で、さほど深みがあるわけでもないけれど、時折その複雑な内面を窺わせる陶侃や侠気溢れる馬栄の活躍は楽しい。あと『紅楼の悪夢』に登場する賭場の用心棒、蟹やんと小蝦どんのコンビも良かった。ヒューリックがもっと長命であれば、ひょっとして彼らを主役に据えたスピンオフが生まれたかもしれないなー。で、主人公の狄判事はといえば、閻魔大王のような立派な長髭をたくわえた清廉の士、その慧眼でもって事件を解決していく。当時の習いとして三人を妻帯する身であり、世事にも長けた人かと思いきや、川で水浴びする若い娘にどぎまぎし、目のやり場に困って些か狼狽するといった硬派な純情オヤジぶりをのぞかせたり、ってな具合にこれまた良い味を出している。

そしてヒューリック自身が手がけている挿し絵、これに触れておかねば。
彼の挿し絵は作品の舞台となる唐代ではなく明代の版画などをもとにしたとのことだが、胸も露わななまめかしい女性のモチーフが目立つ。ちょっと春画なども意識して描かれたのかもしれない、なんせ研究者としてのヒューリックには『古代中国の性生活』なる著作があるそうだし、と想像を逞しくしてしまう。
物語の場面を切り取った挿し絵のほかに、建物や屋敷の見取り図が載っている場合もあって、位置関係がよくわかり面白い。私は地図や挿し絵付きの本が大好きなのでこの点は非常にツボ。