カプリコンの想い出

一度だけ日本SF大会に行ったことがある。
会場内は濃ゆーい人々の醸し出す濃ゆーい空気が流れており、これがサイファイ・コンかー、と感慨深かったのだが、ワールド・コンもあんな感じなんだろうか。
SFファンというのもおこがましい、単なるミーハーでしかない私としては、憧れの柳下毅一郎氏のご尊顔を拝すことができたのが、何といっても一番印象に残っている。しかし、キャー!本物だ!ってノリで、ひたすらお顔ばかりジットリ眺めていたため、どんな話をされてたんだか全く覚えてない。
そしてきっとその視線が尋常でなく怪しかったんだろう、柳下氏のほうでも、客席の一番前にかぶりつきで陣取っていた私をかなり意識して、困っておられる様子が窺えた(にもかかわらず、凝視攻撃を続けた迷惑な奴)。まあ、今となってはそれもいい想い出だ(ホントか?)。

大会には、トールキンのファンが集う「白の乗手」も参加していた。当時はまだLOTRが映画化されておらず、「白の乗手」の部屋はそこそこ賑わっていたものの、さしたる混雑もなく、私もふらっと紛れこんで普通に席を確保できた。今だったらものすごいことになるんだろうなー。シルマリルリオンの改訳が出たことだし。
中つ国を隅々まで知り尽くしたような人がいっぱい、という雰囲気の中、ちょうど原書房から『ホビット』の新訳が上梓された後だったので、これに対する批判、非難、揶揄なんかが噴出していたように記憶している。
かくいう私も瀬田貞二訳の『ホビットの冒険』や『指輪物語』で育ってきたので、文体が違ったり、当てる訳語が変わってたり、原書房のものには違和感を覚える材料が無いわけではなかった。つくづく文体の刷りこみって大きいわ、と思ったものだ。
でも、ホワイトライダーの方々、コワイんだよ。いや、熱くなれるものがあって素晴らしいと言うべきなんだろうけど、翻訳なんて人それぞれ文体が違うものだし、それが味でもあって、明らかな誤訳というんでなければ、あとはもう本人の好みの問題だし、瀬田版のみが正統!みたいな論調で部屋が埋め尽くされてるのは正直うっとうしかった。そして、トールキン関連の書籍は下手に新訳・改訳に手を出すと面倒そうだな、とも思った。コアなファンが目を光らせてるから。
いろんな訳が出ても、それをヴァリアントとして楽しめばいいじゃん、そういう余裕が欲しい、と私なんか思ってしまうんだが、究めちゃったバリバリのファンにとっては許せないものがあるのかもしれない。でもLOTRも映画化され、ファンの裾野が広がったわけだし、商業的にも注目浴びて「LOTR(もといファンタジー)はウレる」と認識されたからには、今後もいろいろ関連作品が出てくるんだろう。そしたら、ホワイトライダーの面々の監修とかお墨付きとかが要るようになったりして。正規鑑定人みたいな。